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●中西 祐介さん
西神戸地域活動センター
中学生サッカー指導クラブ
・トライやるウイーク参加 |
●宮本 悠さん
YMCA高校生科学生 |
●有住 航さん
余島キャンプボランティアリーダー |
●新 理恵さん
余島キャンプ
ボランテイアリーダー |
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●小澤昌甲さん
西神戸地域活動センター |
●石井 智さん
西宮ブランチ
野外活動ボランティアリーダー |
●蘆田 圭さん
西神南センター職員 |
●水野 雄二さん
神戸YMCA総主事 |
YMCAで何してた?
小澤 司会進行の小澤です。若い人たちの意見をとり入れてゆきたい、子どもや若い人を大切にしてゆきたいというのがYMCAのテーマで、今回総主事との座談会を行うことになりました。みなさん、YMCAの元メンバーでいらっしゃるので、自己紹介をかねてYMCAとのかかわり、活動の歴史を話して頂ければと思います。
蘆田 西神戸YMCA幼稚園の職員の蘆田といいます。西宮ブランチのメンバーとして小学校1年生の時から野外活動に参加していました。学生時代はボランティアリーダーをして現在職員。どっぷりYMCAに漬かっています。
宮本 神戸高校1年生の宮本です。小学2年生から6年生まで体操、小学4・5年生は水泳、小学2年から5年までに余島キャンプを3回、沼島1回行きました。そのころ体操は豊田リーダーに教えてもらいました。現在は高校生コースで英語と数学を勉強しています。
石井 幼稚園で奈良YMCAの指導者が水泳を教えてくれ、小学4年生から高校2年生までずっとスキーキャンプに行ってました。1回行ったらとても面白くて、まだまだキャンプに行きたくてリーダーになりました。
新 甲南大学1回生で、余島リーダーです。小学5年生〜高校2年生まで余島のキャンパーでした。キャンパーの時からリーダーになろうと決めていて、大学生になったらすぐにリーダーになりました。
有住 今年の9月で余島リーダーを卒業しました。余島キャンプに小学2年から行っていて、家が大阪なので、大阪Yで小学4年生から中学3年生までサッカーをしていました。子どもの頃からの余島とリーダーになってからの余島はまた見え方が違い、楽しい体験をたくさんすることができました。夏が終わりほっとしています。
中西 啓明中学校2年生です。小学1年生の時から6年生まで学園都市でプールに通い、2年生で野外活動で沼島に行って、3年生の時サッカーを始めました。今は土曜の部活がなければ小学生に指導というか一緒にサッカーをやっています。5月に中学校のトライやるウィークで1週間YMCAの仕事を体験しました。
小澤 リーダーの仕事を見てどう思いましたか。
中西 リーダーというのは子どもの前で色々しゃべる人だというイメージだったけど、細かい仕事もしてるのだな、と思いました。
水野 私の父親も滋賀県の近江八幡というところでYMCAのスタッフをしていたんです。生まれた時からYMCAのメンバーです。ちっちゃい時の写真をみたら、琵琶湖にキャンプ場があってそこで遊んでいました。 YMCAの魅力って?
小澤 みなさんYMCAで育ってきた中で、YMCAへの思いとか魅力についてどんな印象やイメージがあるのかなということを聞きたいのですが。
中西 小学校の時のYMCAは学校以外の友だちに会う場所。サッカーをしたり、終わってもサッカーしたり、友だちとぶらぶら帰ったり、リーダーと仲良くなった。練習のない日も友だちの家に遊びに行ったりしました。
小澤 その時のリーダーってどういう印象?
中西 面白くて、びしっとしていない。(全員笑)その方が仲良くなりやすい。
宮本 両親がYMCAの英語学校に通ってて、YMCAが主催したアメリカのホームステイで知り合ったんです。お兄ちゃんが4才の時から水泳に来てて、お母さんとお迎えにいつもくる温かい場所、というイメージがあります。
石井 昔はただ楽しい場所だったのですが、今はリーダーでむっちゃ細かいところまで考えてちょっとしんどいところもあります。やっぱり、YMCAに来る人達はみんないい人に思えるんです。リーダー同士の関わりも楽しいし、中高のキャンプに行って中学生たちとしゃべるのも楽しい。自分は子どもの時から変わってないなと感じます。キャンプで出会った人はいい人というイメージがある。
水野 楽しいのはいいよね。
新 余島しか行ってないのですが、海もあるし山というか木もあるのでなんでもできる夢の島。つりやカヌーなど普段神戸にいる時はできないことができる場所。普通の人はヨットに乗らないと思うのですが、いいものに出会ったなと思います。終わったら何回でも行きたくなる。
有住 神戸Yでは余島しか参加していないのですが、自分にとって大きかったのは中高の時のリーダーの姿です。僕のまわりにちょっとお兄さんというのはいなかったので、そうしたとこが「みそ」かな。ヨットでは現在えらそうに指導させてもらってるけど、恥ずかしいんですが小学4年の頃は泣いていました。自分をリーダーやスタッフの方々が受け入れ見守って、受けとめてくれたという思いがあります。
蘆田 子ども時代メンバーで小学生のころ野外活動でYに帰ってきて解散してから 分たっても1時間たってもまだ1人残っていて、リーダーの立場なら「おまえ早よ帰れや」と思うんだけどずっと最後までつきあってくれたな、うれしくてそういうリーダーになりたいなあと思い、リーダーになりました。リーダーになっていろんなスタッフと出会い、技術面や人間性ですごかったりして、尊敬できる人が多くて、そんなスタッフになりたいなあと思い職員になったのですが、今は幼稚園児に後ろから蹴られています。
今の若者は輝いてる?
水野 皆さんに聞かせて頂いて私自身もそういう体験をしてきたし、皆さんも同じ思いで成長してきたことをとてもうれしく聞かせていただきました。
話を少し変えたいと思います。YMCAは子どもからお年寄りまでたくさんの会員がいるのだけれど、神戸YMCAがもう一度「子どもが光り輝くようにしたい」と目標を掲げたんです。「光り輝く」とはどういうことか、人が生き生きとして本当に楽しそうだ、やりたいことをやっている時、人が生かされている時は目が輝いているでしょう。そういう子どもになってほしいと思うんです。今の子どもたち、皆さんの仲間はどうですか。みんな生き生きとやりたいことをやって青春を楽しんでいる、そんな感じですか。例えば私はおじさんやから電車の中の若者の姿を見てるとね「日本、大丈夫かな」と思ったりするわけね。皆さんはどう思ってる?
新 やりたいことがはっきり見つかってる子は夢を実現しようとしているけど、見つかってない子はただ単に毎日が過ぎているみたいな人がいる。
中西 何か部活に入っている人は、授業とかホームルームが終わった後、教室をパッと出て行って部活している。そういう人はやりたいことが見つかっていると思うけど、授業を終わってから教室の中で帰らない人は、何か打ち込むものが見つかっていないのかなと思う。
水野 そういう人は多いですか。
中西 学年に10人くらいかなあ。そういう人はグランドのまわりでおにごっこしている。
新 大学生はさぼっても何も言われないので、授業に来ない子もいるし、サークルに入るのも自由だから、逆に自由を与えられて何をすればいいのか分からない子もいると思う。
石井 僕、高校の時は部活をやってなくてボーッと過ごしてたんですよ。たぶん印象悪い子だったんです。駅の近くにローソンがあり地べたに座って友達とずっとしゃべってて、無駄なことして何してんねんこいつ、と思うかもしれないけど、それはそれで楽しかったからよかったんですよ。高校でやりたいことを見つけるのは難しいし、やりたいことはある日突然出てくるものやと思うんです。僕は高校3年でドラマを見て医者になりたいと思い志し、結局は現在薬科大学に行っているのですが、子どものころは実のある時間を過ごしつつ最低限の知識さえ身につけたら、やりたいことが出てきたら何とかなる、そういうことを教えてゆきたいと思うんです。
水野 そういうあそびが必要だと思うね。ハンドルにも遊びの部分があるでしょ。そういう無駄に見えても実はむだじゃない時間ね。あそびだけの人もいるけどね。そういう人はなかなかそこから立ち直れない。
蘆田 YMCA幼稚園で4・5月当初は、親から「あれしなさい」「これしなさい」という言われ方をずっとされていて、急に「自由に遊んでいいよ」と言われると何をしたらよいかわからずぼーっとしている子が結構います。
「うち」と「外」の世界につながる
水野 高校生のルーズソックスについてどう思う?うちの娘は今は就職してるけど、高校の時は履いていたんだけど。
宮本 私は履かないつもり。夏は白い靴下。冬は寒いからタイツ。学校でも禁止されていないし、みんなは履いてる。
水野 どうして履かないの?
宮本 ルーズソックスは暑いらしいし、町で見た時、母がだらしないねえと言ったので履いたら怒られそうだなと思って。
水野 なんでみんな履くのかな。仲間意識かな。なんでこんなことを聞いたのかというと、最近読んだ本に、家の中にいることがとても心地よくて、外に出てもその雰囲気を持ち続けたい人が多いと書いてあった。例えば、電車の中でも平気でパンを食べたり、飲み物を飲んだりする若い女の子がいる。化粧をしても全然平気。それは普通、家の中ですることだけど外に出ても全く平気。高校生でよく靴の後ろを踏んづけてつぶして歩いてる人がいる。これはスリッパ。スリッパは家の中で履くでしょ。家の中にいて親に守られていたら安心、自分の主義主張を持って外に出るのが恐い。そのことが子どもや若者の目を光り輝かさせていないのではないかと思っているんです。
ひょっとしたらYMCAって、親からはなれて他の人との出会いがあって、家族と違う人とのつながりを比較的早い時期からみなさんは体験している。そのことが楽しいと思った。それが外の世界の出会いと交わりにつながっていると思うのですが。
有住 YMCAの活動の中で余島では多くの出会いがあって、ただ家とか学校で、親や先生に見られているだけでなく、違った角度から見てくれる自分の一面があるだろうし、自分自身も気づいていくこともあるのではと思います。
小澤 小学生の指導に来てくれる中西君はどういう思いで来ていますか。中学生がそんなことをして格好悪いというのはないですか。
中西 5年生になった時、1つ上の先輩が来てくれてうれしく、中学生になった時友だちと学校が離れて会えないとさみしいので、仲間3人で小学生のチームに行くようになり、一緒にサッカーをしています。文化祭にもその友だちも連れてきて、「おまえYMばっかやな」と言われるけど別に恥ずかしくない、面白いです。
石井 違う学校に友だちが一杯いるというのは自慢できることやった。学校によって考え方が違うんですよ。「腰パン」ってはやったじゃないですか。あれは恰好いいと思ってやっているんですよ。YMCAの子はしていない。普通の恰好をしている子は「おぼっちゃま」みたいな偏見があった。Yのそういう子たちとしゃべっていて普通やん、かっこいいやん、ええやつやんと思ったんです。別にダボダボでなくてええやん。ダボダボの方がださいなあと思いました。YMCAの関係があったから思えたのかな、と思います。
中西 試合に行ったらいろんな中学校が来てて、友だちのチームと試合をして「おれって顔広いよなー」と思える。(全員笑)
蘆田 10年来の親友が同じ野外活動に来ていて、今でも週1回飲みに行くとかしてつるんでいます。学校では半強制だけど、YMCAだと自分からひっついてつながった縁だから、長続きするような気がします。
新 キャンプとか行くと一緒にごはん食べたり、お風呂に入ったり生活のことを全部一緒にしているわけだから、意見が合うとかいろんなことが見えてくる。帰ったら連絡をとったりできるし。私も友達に「余島ばっかやな」と言われます。子どもは大人から受ける影響はすごいけど、親以外の大人から違った角度から影響を受けると、視野は広くなって子ども的にもいろんな選択肢が増える。
水野 石井君が、ださいんじゃないかと気づいたのは、まさしく家の中とは全く違う外の人との交わりの中で認め合ったり自分をふり返ったりして、自分が親や学校から解き放たれて自立していったのだと思うんです。YMCAはそういう場でありたいなあ、と今の話を聞いて思いました。
自分として生きる
小澤 自分自身YMCAのメンバー体験がありませんので、YMCAで出会った人と学校との出会いのつながりに差はあるのかなあと思うのですが。
有住 差はないと思いますが、状況が違うと思います。僕は高校生ばかりで余島で働く「アプレンティス」というキャンプに参加し、普段は恥ずかしいなと思うことも、親が見ているわけでもなく、自分が出せた。先入観でそういうやつと友だちにならんわと思っている子、神戸で会ったらよけて通るわという子でも友だちになれた。
小澤 生きていく日頃の生活の中で知らず知らずのバリアというか慣習や習慣、例えばルーズソックスみたいなものがある。YMCAには、それが解き放たれていく空気があるのかも知れませんね。
水野 要は遊びよね。あそびだけじゃなくて芯がいるよね。芯をぜひ見つけてほしい。もちろんYMCAだけでなくて学校があって、家庭があってその時にあそびがほしいね。あそびは楽しいから。でも芯はいるね。芯というのは言い換えれば「自分」。人と違う自分。「ルーズソックスをはかない」というのも自分。他人と違う自分。親と違う自分。ところが今は親あっての自分と思っている人が増えてるよね。それがまさしく「『家の中』中心主義」といわれるもの、それを打ち破ってほしい。教育の究極の目的は「自分として生きる」ということだと思うから、YMCAはそのことをお手伝いしたい。できれば「光り輝く自分であってほしい。」
小澤 「自分らしさ」を見つけてゆくのはある意味「人を通して」自分と比較しながら見い出してゆくものかと思います。その人とはある時は「先生」であり、ある時は「リーダー」であり、その交わりが深ければ深いほど、自分ができあがってゆくものではないかなと。YMCAがその「人を通して成長できる場」でありたいと強く思います。
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